英の暴動と都市計画

一週間ほど前、ロンドンをはじめ英国各地で暴動が起きたというのは知っていますが、詳しい内容はCNNのロンドン暴動の逮捕者1900人以上、各地で鎮静化の動きも みたいなもので、通り一遍というかステレオタイプのものでした。

しかしイギリス暴動の裏にある鬱屈と絶望についてなどを読むと、なかなか根の深いものだなぁと感じるものの、でも社会保障、教育制度、失業に代表される経済問題、移民や人種差別から生まれたものなのだという理解の外側に出るものではなかった。

どこでインフラと景観につながるかと言うと、8月17日付けLondon Evening Standard紙の記事What now for the regeneration of London?に始まります。

記事はオランダ・ロッテルダムの建築歴史学者でarchitecture and politicsの教授であるVanstiphout氏のコメントで構成されています。欧米では暴動は珍しくなく、東北の大震災の時、整然と列を作り支払う人々の姿に感動したという欧米の記事、その点からも都市計画と暴動を専門とする教授がいるのは当たり前でしょうし、ネットサーチをすると1985年に英国で起きたBroadwater Farm事件が目をひきます。これのWIKIにははっきりと「ル・コルビジェに影響された設計で大型のコンクリートブロックと高いタワーが印象的な公営住宅開発」、「デッキレベルの通路は犯罪や強盗のホットスポットとなる、危険で人目につかないエリアを作り出し、さらに犯罪者に逃げ道を用意するものだった」とあり、犯罪を助長する都市計画という視点があります。

「Vanstiphout氏が最初に都市暴動に興味を持ったのは2005年パリで発生した暴動で、コメンテーターや政治家が、建築と郊外、郊外にあるモダニストによる低所得者向け公営住宅、そしてそこに住む人々の行動の間にある直接的な相関関係に言及したことだ。彼等は統計を見て、そしてこれらの場所は犯罪率、失業率が高いと述べた、もしそうなら、これらの団地を取り壊せば問題は解決する」

「さらに同氏は暴徒が異なる都市環境でどのように展開していったかに注目した。パリの暴徒は周辺部の要塞のようなゲットーで展開する一方、他の場所は異なる性格を示した。」

「1992年のロサンジェルス、通りの角、格子状に道路が走るグリッドシティ、ここでは大通りを通りぬけようとする通行人が交差する道路の交差点で襲われたように、大通りが細い通りが交わる場所で暴力が発生した」

「しかしロンドンの暴動は(多くの場所で)最も特徴的な場所・目抜き通りで発生した。同氏は暴徒の行動は得て勝手に見えても場所の選びは政治的な意味があると述べた。ロンドンでは消費における不平等が大変重要な役割を果たした」

「誰もロンドンでの騒乱の元となった特定の建物を示してはいないが、暴徒に襲われた地域は開発と富裕化について緊張が存在し、変化が急に起こり、金持ちと貧乏人の格差がはっきりと見えた場所だ。暴動は再開発の隠れた真実を明らかにした。ロンドンの都市政策は貧困者を置き去りにし、ある地域から押し出し、ロンドンを単一化し、持てる者と持てない者の差を明らかにするものだった。」

「再開発が起きると、表面的には良くなったように感じるが、実際はそこに住んでいた人たちが他へ移っただけであり、再開発の本当の目的は相変わらず地価の上昇を元にしたものであり、富は金持ちから貧乏人へ流れてゆくという考えだ」

ご興味のある方はこちらをどうぞ、
2011年3月2日に行われたVanstiphout氏の講演
Blame the Architect: On the relationship between urban planning, architecture, culture and urban violence
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by fukimison | 2011-08-18 19:29 | 事故  

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