学校の統廃合-2

学校の統廃合について、もう少し考えていて思いだしたのですが、江戸から明治に代わり、「西洋的なもの」がいろいろと日本に登場し始めました。

その1つに公園という発想があり、日比谷公園が日本初の西洋式庭園公園として存在します。
林静六が設計したとか、森鴎外を舞姫と分かれさせた初代軍医総監の石黒氏がかかわっていたとかありますが、それはおいておいて。

人々が散策し、子供が走り回る、いわゆる「公園」は江戸期の東京に存在しなかったけれど、これと同じような機能を果たしていたのは、神社仏閣の境内と火よけ地ではないかと思います。

このなかで「火よけ地」は、江戸期に多発した火災延焼を防ぐために、各町会が少しづつ土地を融通しあって空地をつくったという経緯があります。

これが子供の遊び場にもなっていたわけですが、この空地を明治期にはいり、公園に転化し、さらに公立学校建設がピークを迎えた昭和期に、用地買収を行う時間も費用もないということで、学校に転用してしまったケースが多々あります。

町会所有の火よけ地が公園に姿をかえる。さらに学校となる。このあたりまでは周辺住民から公へと資産の移動について雑音はあまりなく、公共財という性格は変わっていないと思います。しかし学校の統廃合が発生し、廃校となった学校をどう再利用するかとなると、もともとの性格を知識として所有している人々がいなくなり、公が所有し、管理していたものであるから、区の方針で処分してよいという考えになります。

効率面から考えて、統廃合は必要なことだと思うのですが、その後の利用方法については、元来の所有者であった地元住民の意見をもう少し聞くべきではないか、と思うのです。

つまり、地元が公の空地が必要であったから拠出したはずの土地が、公だからといって収益性は乏しく、維持管理費用がかかる施設はどうも納得がいかないのです。

本当に必要な施設であれば、人々がそれを利用するわけですから、なんらかの使用料の徴収が見込めるはずですし、このバランスが崩れた施設はどこかで破綻が発生し、最終的に利用者が不利益を蒙ることになります。

収支にバランスを欠いた施設を建設するよりは、今後の震災に備えもともとの火よけ地、つまり原っぱに戻す方がよいのではと思う次第です。
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by fukimison | 2008-04-24 10:55 | 公共財  

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